「イベント・ホライズン」 EVENT HORIZON アメリカ 1997年 96mins
監督:ポール・アンダーソン
出演:ローレンス・フィッシュバーン/サム・ニール/キャスリーン・クインラン

 白い壁と宇宙、これほど怖い空間はない。ホラーにとって未知という要素は最高のエッセンスだ。そして宇宙は未知の空間だ。これが1000年後であればともかく、少なくとも今は月でも火星でもとにかく宇宙という空間自体がそれだけでホラーの重要な要素であることは確かだ。



 7年前に消息をたった宇宙探査船イベント・ホライズン号が突然救援信号を送ってくる。イベント・ホライズン号は7年前、ワープ航法の実験作業中に消息を経ち、これまで行方不明になっていた。

 たったこれだけのあらすじでも十分にその恐怖が伝わってくる。7年間という長い間、そしてようやく届いた救援信号、誰かが7年間そこにいた。誰もいないはずの宇宙長い間漂っていた恐怖。ただそれだけでも十分に怖い。



 そして推進装置を開発したウエアー博士と救助隊のメンバーはイベント・ホライズン号へと向かう。発見されたイベント・ホライズン号には乗組員の姿はなく、かわりにイベント・ホライズン号全体に生命反応があった。

 はじめ、物語はSFのそれである。白い壁と理論的なウエアー博士、この二つが完璧なSFの世界を作り上げている。しかしイベント・ホライズン号を発見し、その詳細がわかってくると状況は一変、SFの世界はその未知なる恐怖を増幅させてホラーへと様変わりする。



 捜索を進める救助隊のメンバーは次第にイベント・ホライズン号の異変に気づきはじめる。そして救助隊のメンバーは次々と幻覚を見るようになる。幻覚は過去の心の傷で救助隊メンバーは精神的にダメージを受けていく。イベント・ホライズン号は現実と過去の恐怖が混在する狂気の世界となる。

 「2001年宇宙の旅」の中で行われる「シャイニング」の世界。そしてウエアー博士役のサム・ニールがこの冷たい世界を顔色一つ変えずにさらに冷たく表現する。ウエアー博士もまた幻覚を見続けていた。そのイメージはウエアー博士の狂気の世界を現実のものとし、イベント・ホライズン号は博士のイメージと一体化する。

 サム・ニールは正義の味方にはなりえない。常に一癖二癖ある。もともと「オーメン 最後の闘争」でダミアンを演じていたくらいなのでその狂気はさらにリアルに見える。「ジュラシックパーク」における博士役(思えばいつも博士役)はあくまでおなさけ程度のメジャー作品出演で、実際にはくら〜いB級ホラーに近い作品こそサム・ニールには一番よく似合っている。サム・ニールでなければウエアー博士は面白くない。この作品もサム・ニールのウエアー博士の狂気にすべてが集約されている。
 SFホラーといえば「エイリアン」という傑作があるが、この映画も静かな映画ながら「エイリアン」に通じる怖さと美しさがある。人の死は宇宙に静に対して常に逆という法則があり、映像美の中にその世界が展開される。きっと何の予備知識もなしに観たとしたら、タイトルだけでは想像もできない怖さと映像美に圧倒されるだろう。少なくとも僕は圧倒され、そのことをここに書くに至っている。
 夏はホラーということで最近ホラーづいているオレコレだが、この映画は逆に冬の寒い時期に暖房も入れずに観るくらいのほうが宇宙の冷たさがさらに心に響くのではないだろうか。夏だとそこまで臨場感が出ないように思う。夏ならクーラーをガンガンに効かせて、さらにかき氷くらいは用意して観たい映画。この映画には「エイリアン」以来の衝撃があるといっても過言ではないだろう。だまされたと思って観てほしい。

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