「ハル」
パソコン通信風でいってみよう。
「ハル」、パソコン通信の話。僕はえらく長いことパソ通やってきました。
だからわかるんですが、「ハル」みたいな出会いはまずありません。
「ハル」を見て、”パソ通っていろんな出会いがあるんだ”などと思うのは
まったくの間違いであり、妄想です。それをふまえたうえで観てください。
森田芳光監督はよく研究してると思います。映画の中で森山史郎(仮名)が
「パソコン通信だから、自分を大きく表現しちゃうことってあるじゃない」なんて
セリフがありましたが、まさにその通りだと思います。
基本的に会うことがない世界、それがパソコン通信の世界ですから、
ネットオカマはじめとして、むちゃくちゃな人種が多いですよね。
インターネットはそれの全世界版なので、さらに変な人が多いと思いますが
幸い僕はまだ特別変な人に出会ったことがありません。
はじめに「ハル」みたいな出会いはない、と書きました。
でも、「ハル」のようにボードやメールでいろんな人といろんな話をしたり、
実世界では誰にも話せないことを相談したりすることは、実際よくあることです。
そしてそれがまた自分の力になり、励ましになりすることも事実あります。
僕自身、パソコン通信もすてたもんじゃないな、と思う時があります。
”たすけて”という言葉が現実世界よりも簡単に言えるのもパソコン通信ならでは
なのではないでしょうか。自分を大きく表現できる反面、自分の弱いところも
簡単に表現できるので、ストレスのない人間相手の仮想世界をけっこ〜簡単に
手にいれることが可能です。インターネットよりも文字だけの世界ですから、
当然、好き嫌いはあると思いますが。
話を映画に戻しましょう。
映画は、ちょっとした興味からはじめたパソコン通信にはまってしまう、
ホシ☆こと森山史郎(仮名)と、心に傷をおった女の娘ハルとがパソコン通信の
メールをきっかけに出会う、という話。結局、最後の最後まで顔あわせません。
だから、まさにこの二行で「ハル」という映画すべてを表現しています。
途中、いろいろあります。少なくとも森山史郎(仮名)には彼女がいて、
はじめは彼女の話なんかもハルにメールしていますが、この彼女、ごっつうわがままで
さっさと外国へ行ってしまいます。これが現代女性というものなのか。男だけがポツリと
残されてしまい、そんな話をまたハルにメールする。そんなこんなの繰り返し。
パソコン通信の文字だけの世界を、夜景をバックに文字だけ浮き上がらせると映像で
うまく映画の中に表現しています。パソコンの画面ばっかりが映ってる映画なんて
面白くありませんが、映像というイメージの上に文字を持ってくることで、文字だけでは
表現できないところまで、細かく表現しています。さすが森田監督、年期が違う。
セリフよりもじつは文字が多いです。映画なのに、文字読んでる時間のほうが長い。
でもそれを違和感なく観せるのは、それだけうまくパソコン通信を表現しているということ
でしょう。時間を忘れてじっと読んでしまいます。
映画の総評としては佳作あたりなんだと思いますが、ぐっと入り込めれば一気に名作。
落ち込んでいる時観ると元気になれます。
(^_^)v イエェイ ←こんな感じでしょうか。
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