「クライングゲーム」
監督・脚本:ニール・ジョーダ

出演:スティーブン・レイ、ウォレス・ウィテカー

 パーシー・スレッジの歌う「男が女を愛する時」ではじまる「クライングゲーム」。鉄橋とその下に流れる川、そして向こうには遊園地、画面はゆっくりと流れ、橋ゲタの間に向こうの景色が見え隠れする。「男が女を愛する時」の曲にあわせて画面はゆっくりと流れる。
 遊園地、ふとっちょの黒人と白人の女が歩いている。ふとっちょの黒人と女は、遊園地を抜けて、川辺へと歩いていく。女がふとっちょを誘う・・・と、次の瞬間、ふとっちょはニヤリと笑った男に蹴り飛ばされてしまう。髪の長い男、銃を持っている。いったい何が起こったのか、ふとっちょも観客もわからない。

 タイトルの「クライングゲーム」、そして次々と展開する物語。しかなぜ男が襲われるのか、そして次に何が起こるのか、それがすべて謎というあたり、ぐんぐんと中に引き込まれていく。
 「クライングゲーム」の元になっている話は非常にシリアスなものだ。どちらかというと理解しがたい。”IRA”という言葉を聞いたことのある人は少なくないと思う。しかし、これが何を意味しているのか考えたことのある人は少ないと思う。ひらたくいえばゲリラ。”アイルランド解放軍”という名前のゲリラでありテロリストである。イギリスにはテロリストの集団が存在する。そんな概念をまず持たないといけない。基礎知識がなければ観られないのか?という疑問さえ感じる。
 しかし、「クライングゲーム」は戦争映画でもスパイ映画でもない。あくまでそれは面白くするためのスパイスであって、材料ではないのだ。材料はあくまで人であり、それを料理するのは監督という名前の料理人なのだ。そして材料やスパイスを知らなくてもおいしい料理が食べられるようにイギリスにテロリストの集団が存在するということを理解しなくても、この映画を楽しむことが可能なのだ。そしてメニューを作っている脚本家によって、フルコースのディナーを楽しむことが誰にでも簡単にできてしまう。

 この作品はアカデミー脚本賞を受賞している。監督はニール・ジョーダン、他に何を撮ったのか・・・名前は聞いたことがある。とにかく、脚本賞というだけあって、うまい展開だ。わけがわからないまま、話はどんどん先に進んでいく。
 アカデミー賞なんてものにはたして意味があるのかどうか。アカデミー賞作品なんてものは、どうもうさんくさい気がする。面白くない作品も多数、アカデミー作品賞に輝いているのだ。だが、脚本賞は違う。面白い。うさんくさいアカデミー賞にあって、さすがに脚本賞は本を評価しているわけで、脚本がおもしろくないことには評価されないのである。映画を面白くするのはカメラであり、音であり、
脚本である。

 冒頭から何が起こったのかさっぱりわからない。しかしそこで観ている人間はみんなハマる。そしてIRAの闘志ファーガスと誘拐された黒人兵士。小屋の中でサソリとカエルの話をする黒人兵士。よくわからない話、なぜ黒人兵士はそんな話をするのか?また違う謎がひとつ生まれ、またハマる。そして黒人兵士はファーガスに自分の彼女に会ってくれと写真を託す。そしてファーガスは黒人兵士の彼女を探すことになる。
 すべての会話が伏線であり、すべての映像が錯覚である。脚本の面白さを十分に堪能できる映画。じつに面白い映画だ。はじめと終わりとで全く異なった印象を受ける。はじまりは戦争映画かスパイ映画。ところが終わってみるとそんな印象はどこにもない。見終わった後には、ただ面白かったと感じるだけなのだ。
 余談だがエンドクレジットと共に流れるのは、ペットショップボーイズのボーイ・ジョージが歌う「クライングゲーム」。作品中、エンドクレジットをあわせると3回「クライングゲーム」が流れるが、すべて違う人が歌っている。感じがそれぞれ違うので聴き分けてみてほしい。

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