「暗殺」

 主演は丹波哲郎。今や霊界からの言葉を伝えるというイタコのようなことまでできるスゴイ役者さんだ。「暗殺」の頃はまだ真面目に俳優やっていたらしく、なかなかにいい。

 僕は時代劇は嫌いではない。好きだ。それもえらく好きだ。これはやはり、おばあちゃんの影響によるものが大きい。はっきりいってハンパじゃない影響だ。小学生の頃から、当時の中村錦之助主演の「破れ奉行」などという時代劇を見て喜んでいたくらい。ただ、その頃は子供だったので、小難しい時代劇というのは見なかった。テレビが関の山だ。

 最近、邦画の面白いものを求めて、いろんなビデオを見るように心がけている。その中でも流行の周防正行監督作品などはけっこ〜好きな部類である。イマイチ乗り切らないのが、岩井俊二監督だったりするが、それはここだけの話にしておいていただきたい。時代劇はそうした邦画の中でも抜群に面白い作品が少なくない。

 この「暗殺」という映画。どこかで観た映像だと30分も観ると気がつくはずだ。それは傑作「市民ケーン」とカメラ割りがそっくりなのだ。浪人清河八郎の生涯をドキュメントタッチで描きあげた作品だと言っていい。

 オーソン・ウェルズの「市民ケーン」と清河八郎を描いた「暗殺」とが同じ線上にないことは確かだが、カメラ割りといい、絵の創りといい、「市民ケーン」に似ていることもまた確かなのだ。「市民ケーン」もあわせて観てほしい作品である。

 タンバリンこと丹波哲郎がまともな役者をやっていることも特筆にあたいするかもしれない。最近のテレビに登場するタンバリンは、ほとんどふざけたエロじじいと化しているが、昔のタンバリンはまともな役者であり、またカッコイイのだ。信じられないかもしれないが、それはこの「暗殺」を観ていただけると少しはわかってもらえると思う。

 時代劇と白黒映画というのが微妙なバランスを構成し、それがまた幕末という激動の時代を象徴して映画を盛り上げてくれていることは間違いなく、それにプラスして丹波哲郎の長細い顔と低い声が映画の微妙なバランスをさらに微妙なエッセンスとしてちょうどいい具合にきいている。

 この「暗殺」という映画が、特別素晴らしい映画であるとは思わないが、この映画を観て日本映画における時代劇というものが少しはわかってもらえるのではないかとは思う。映画は何も用がだけではない。いろんな映画があって、じつは日本にも特筆すべき映画が多く存在し、時代劇はことにそういった素晴らしい作品が多いということをわかっていただけるとありがたい。

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