M3ノススメ ケースにかける情熱の巻

なぜ入れ物が必要なのか?
 Librettoを使い初めてはや3年が経過した。1997年1月、Libretto50の発売日に某タニヤマムセンに乗り込み、Libretto50を出せと強盗まがいのことをしたのが昨日のことのようだ。しかしもうそれも3年以上前のことである。

 Libretto50を手に入れた当初から入れ物には気をつかってきた。僕は元来持ち歩くものといって雑誌だ、単行本だとか本くらいしか持ち歩かない人間だったので、入れ物を考える、しかもパソコン用の入れ物を考えるなんていうのはその時がはじめてだった。もちろん以前からノートパソコンが好きで、そういった入れ物もまったく考えずにいたわけではないのだが、問題はそれ以前のノートパソコンというのは決して”持って歩ける”大きさではなかったのである。LIBRERになってはじめて、パソコンを本当に持ち歩けるようになり、モバイラーとしての生活がはじまったのである。

 モバイラーとして生きるにはそれなりの準備が必要である。当然身なりもそれらしくしないといけない。山を登る時にはクソ重たい山用の靴と、他の人に隠れてこっそり食べるための食料、そしてそれを入れるリュックが必要になる。モバイラーもまたこうした装備がなければ街中や郊外を歩くことなどできないのである。もし何も持たずにパソコンだけを持って出かけた場合、まず電源に困る。電源を探し求めさまよい歩き、そして疲労が限界に達した時、もしかすると手からスルリとパソコンが落ちるかもしれない。そんな時にちゃんとパソコンを保護するケースがあれば、パソコン自体とその中の大事なデータを失わずにすむかもしれない。ケースがなければすべてを失う可能性は非常に大きいのである。

世にあふれるもの
 「京都丑や」とは超手前味噌な僕の店である。そして僕が「京都丑や」を立ち上げたのはなんとか自分の好きなカバンを作れないか、と考えたからだった。世の中にはあるものは僕が思うものとは少し違っていた。なぜかはよくわからない。とにかく何かが足らないのだ。

 ところがはじめからこの計画には無理があった。そんなカバンをどこで作るのか?という問題が一番はじめにあったのだ。これには実際えらく苦労した。

 1999年6月、なんとか自分でカバンを作れないかと考えた。もちろん自分でというのは自分がミシンで縫ってということではなく、プロデュースするという意味である。うちは元々着物関連業種である。そこでこの着物関連業種でなんとかできないだろうか、と考えた。実際和装業界というのは万年不況である。逆に言えば仕事が欲しいはずだと考えた。

 しかし「京都丑や」の案をいろんなところにもちかけても首を縦に振るところはほとんどなかった。和装業界はいまだに伝統というもののうえに大きなあぐらをかき、新しいこと、そして薄い利益には興味を示そうとはしないのである。たいていの会社が「1個5万以上」ときんちゃく一つでさえ、とんでもない額をふっかけてくるのである。こんな業界がいつまでも続くはずはないと今更ながら感じずにはいられなかった。

 しかし方々に声をかけてようやく一軒の手頃な業者に巡り会った。しかも革が専門だという下請け業者。これはいける!と早速試作に入ってもらった。そして遂に「京都丑や」は始動したのである。

のり巻き
 2月3日は節分だった。だからのり巻きをかじる、というのは日本の伝統である。もっともこれもきっとそのへんのお寿司業界が企画した、バレンタインデーのようなものだと思う。まあしかしそれで潤うのであればそれにこしたことはない。日本は今、未曾有の不況である。

 不況にあって、のり巻きは強い。「京都丑や」でPC110用ののり巻きケースを作れないか?という話がOZAKI'Sさん主催のThinkPadClubのほうで出てきた。勢い余って100個近く作ったのだがすべて完売。これはすごいことだ。そしてこのPC110用のり巻きケースを見ていて思いついたのが、Libretto用のり巻きケースである。

 僕自身それまではチチブデンキで購入したLibretto用純正きんちゃくを使用していた。このきんちゃく、じつは非常にいいもので、東レのエクセーヌというバックスキンのような生地を使用している。1mで1万円もするような生地(作った時はそんな価格でしたが今は安くなっているという話もちらほら)だが、この生地を使ったLibretto用きんちゃくは1500円しかしない。安価でいいものなので僕は重宝していた。ただ使用する際に格好良くないという非常に大きな問題があった。当然きんちゃくというだけできれいどころの女性からは蔑まれ、人間としての尊厳を傷つけられるには至らなかったものの、決して”カッコイイ”という評価は得られなかった。

 そこでLibretto用のり巻きケースである。

 これには多くの情熱を注いだ。まず自分自身が持って見て満足のいくものでなければならない。ところがLibretto用のり巻きケースを作る際、一番問題だったのはPCカードスロットである。PCカードスロットがもうほんの2センチほど前ならまったく問題はなかった。しかしどうしてもPCカードスロットにマチに使用する革が重なってしまうのである。ということはマチをつけてしまうと使えないPCカードが出てくるのである。

 しかし、僕はあえてマチをつけた。なぜならマチをつけないとLibretto自身が横にスライドしてしまい、ケースから落ちてしまうからである。またマチがあると液晶面のがゴムをかけなくてもちゃんと立つので実用的である。さらに革ストラップを取り付けるためにもマチは必要だった。なにより大切だったのはマチがあるとないとで、えらく格好良さが違ったことだ。

 ただやはりマチをつけることによって使えるPCカードが制限される。これだけはどうしようもなかった。下手にややこしい機能をつけるとのり巻きケースがのり巻きでなくなる可能性があるばかりではなく、工場からうちに入ってくる価格が跳ね上がってしまうことは必至だった。そこでやむなく考えたのがマチをなるべく後ろにするという方法だった。じつのところ、マチが開閉するというのも考えたが僕自身はマチが開閉するというのはあまりカッコイイとは思えず、どうしてもPC110用と同じ三角のマチを実現したかった。しかしマチがあるとPCカードの出し入れは難しい。そこで妥協点として、うちにあるPCカードを次から次へと引っぱり出して、実用性のあるマチの長さを研究した。PCカードの多くはPCカード部分は当然規格ものなのでPCカードサイズだが、コネクタ部分はPCカードよりも小さいものがほとんどだった。そこでいくつかのPCカードで隠れてもいい長さを測って作ればいいと考えたのだった。しかしこれも一筋縄ではいかなかった。マチを後ろにしすぎると液晶面が立たないのである。さらにはマチの幅が狭ければ狭いほど作る際に技術的に難しくなるので、これまた工場から入ってくる値段が高くなってしまうのである。なにより困ったことにマチの幅が狭ければ当然横にスライドして落ちる可能性は高くなり、そしてまた格好が良くないのである。ある程度のマチ幅が格好良さと実用性とを成り立たせるのだった。

M3だとコンボカードのモデム部が使えない。

Libretto20だとLANコネクタが使えない。

ありゃ・・・

でもRATOCのLANカードなら

右でも

左でも使える。

 それでもなんとかマチ幅をギリギリまで確保することでLibretto用のり巻きケースを実現させるに至ったのである。

こだわり
 次にこだわったのが標準バッテリーと大容量バッテリー、どちらでも共用できることだった。世の中には大容量バッテリー仕様で作ったケースを標準バッテリーでも使用できます、と言って売っている業者もある。しかし、大容量バッテリー仕様のケースに標準バッテリーをつけたLibrettoを入れるとどうしても隙間があいてしまうのである。これではいくらなんでもケースとして格好がよくない。かといってケースのために大容量バッテリーを購入するというのも本末転倒である。やはり両用でなければいけない。

 そこで横になっていたベルクロをベロ部分のほうだけを縦に取り付けることによって、標準バッテリーと大容量バッテリーとの長さの違いからくる縦方向のズレに対応できるようにした。

*サンプルなので製品と微妙に違いますが・・・

 この時にさんざん悩んだのはボタン止めにするかどうかである。丑やに寄せられるのり巻きケースに関する問い合わせで一番多いのも”なぜボタン止めにしなかったのか?”というものである。確かにこだわっているのならボタン止めがいい。しかし使い勝手と格好良さ、そして値段を考えた時に僕はベルクロという選択をした。

 ボタン止めにするとなると裏地が必要となる。裏地をつけるということは当然のり巻きが太くなる。さらに裏地をつける手間がかかるので工賃も材料費もあがる。1万円をはるかに越えるのり巻きなんてまったくナンセンスでしかない。しかもそれでよほどカッコイイものができるのであれば僕もあえてそれを選択しただろう。しかし、太いのり巻きなんて座布団にくるまれたミノムシのようなものだ。格好良いのり巻きケースが僕には想像できなかった。

 もちろん湯水のようにお金を使えるのであれば、それも可能だろう。極端な話、とても薄い革を貼り合わせ、その間にボタンを挟み込むような形で作れば、もしかするとできるのかもしれない。しかし薄い革は破れやすく、なにより薄くすくのに手間暇がかかる、お金もかかる。当然組み合わせて作るのも大変だ。できたかもしれない・・・しかし、小ロット生産では価格の問題があった。1万個作れるのであれば同じ値段でできたかもしれない。しかしある程度”リーズナブルなもの”でなければダメだ、と思ったので僕はあえて作らなかったのである。

 なによりそんな高くて高価なのり巻きを多くの人が欲しがるとも思えない。あくまで手の届く現実的なものを。ただしそれが妥協の産物ではなく、創意工夫のうえに成り立ったものを。ユーザーの気持ちが少しでも入ったものは他にはない魅力がある、そう思える製品を。そんな気持ちでLibretto用のり巻きケースを作ったのである。

多くの問題
 一つから作る小ロット生産のため、どうしても価格の設定には限界がある。平たく言うと安くないのである。しかし、それでも一つ一つの値段はイチから何かを作る値段としては十分に安く設定してある。なんとかして本体の1/10程度までに値段を抑えるというのを目標に製品を作っている。が、やはり特別安い価格というのは難しい。趣味のカバン屋なので当然利益は少ない。かといって、趣味だから足が出てしまっては僕自身首をくくるしかない。これはいけない。

 しかし考え方を変えると、丑やの製品は決して高くないはずだ。製品はあくまでベースである。これはLibrettoの考え方に似ている。Libretto自体は常に世間の流れに対して低スペックだったが、カスタマイズできるという点で秀でていた。クロックアップできることが魅力であり、HDDを換装できることが魅力だった。丑やの製品も決してそれ単体で完結しているものではない。もちろんそのまま使うことを前提として作っているが、アイデアを出してそれを実現させるということも可能である。ようはカスタマイズすることによって、自分の”モノ”としての魅力を開花させることができるのである。

 もちろんカスタマイズとなると商品代金+αとなる。ややこしいことをすれば当然高くなる。しかし、すでに”のり巻きケース”という形があり、これをベースに手を加えるのであれば3倍にも4倍にもなることはない。通常イチからデザインを起こし、サンプルを何度も作ってもらい製品化するとなると、当然それだけ費用と時間がかかる。下手をするとのり巻きケースを作るだけで10万円単位でお金が飛んでいく。これではまったく意味がない。そこでのり巻きケースをベースにカスタマイズを加える。

 例えば以下のような例がある。

 一見普通ののり巻きケースに見えるが、じつはそうでない。

 以上のようにじつはゴムをかける仕様になっている。これは丑やで受注したカスタマイズの一例だが実際この状態で開閉もできるし、使用感は損なわれない。逆にゴムをつけたことで一体感が増し、使い勝手も向上している。ではこれをデフォルトにすればいい。と思われる人が多いだろう。しかし、こうしたカスタマイズは当然工賃がかかってくるのである。仕様としてしまえば同じ値段で出せるのか?といえばそうではない。ということは”ゴム仕様”にした時点で値上げしないといけないことになる。これをよろしく思わない消費者も少なくないだろう。シール地になっているベルクロを本体とケースに貼り付ければそれで十分という消費者もいるはずだ。となればこうした部分については、希望者のみのカスタマイズとするほうが価格を下げられるし、逆にカスタマイズの一例として提案することもできる。

 クロックアップできるのなら、はじめからクロックアップした状態で出荷すればいい。なのにクロックアップしていないのはなぜだろう?HDDもはじめから大容量のものを搭載していないのはなぜだろう?価格を抑えるために、バッテリー性能をあげるために仕方がない。そういう選択もあるのである。とはいえ、ユーザー自身はバッテリー性能よりも本体の性能が上がってくれるほうがいいとか、デフォルトのHDDではソフトが全部入りきらないので大容量のHDDに換装するとか、結局、選択は本体を手に入れた後も続くのである。

 丑やの製品はあくまでベースである。のり巻きケース自身をカスタマイズすることもできるし、さらに専用のカバンを作ることもできる。のり巻きケースでないものを作ることだってできる。もともとカタログページにあるのはあくまでこういったものを作れます、という提案であって、カタログに載っているものしか手に入らないわけではないのである。カタログの向こうにある自分なりのケース、カバンを作ることが可能であることが丑やの魅力の一つだと言っていい。

何を目指すのか?
 小ロット生産は値段が高くつく。しかし小ロット生産だからこそ、ユーザーのニーズに即対応できるという強みもある。大手ではできないこと、それを実現できればさらにカバンやケースを作ることが面白くなっていくだろう。なによりいろんなものをいろんな人の意見を聞いて作れることが僕自身、面白くて仕方がない。面白いと言っては失礼かもしれないが、面白くなければやる意味がないと思っている。面白いと思えるからこそ魅力的なものを作ることができるのである。

 絵を描くのが嫌いな画家がいるだろうか?

 カバンやケースが好きだからこそカバン屋なのである。そして僕はそれのみならず、小さな機械もそれ以上に愛している。手に触れるものすべてをどうすれば格好良くできるのか、そればかり考えている。

 京都丑やというカバン屋で僕が目指すもの、それは僕のようにカバンが好きな人のお手伝いができないか、ということである。もちろん無理はできない。そして特別安くもない。しかしケースにかける情熱、そしてその中に包み込むマシンへの情熱は誰にも負けないつもりでいる。

 超小ロット生産だからこそ、作れるものを作りたい。大手に負けないもの、それはユーザーの気持ちが入った製品である。そして京都丑やで僕はその夢を実現できると信じている。

もし興味を持たれたら、

もしおしゃれをしたいなら、ぜひ「京都丑や」へ!

みなさん、どうぞこれからも「京都丑や」の発展にご協力くださいm(_ _)m

 

*この記事はまことに勝手ながら「丑や」の提供でお送りしました*

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